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最高裁判所第三小法廷 昭和56年(あ)58号 判決

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人長田正松の上告趣意のうち、憲法二一条違反をいう点を除くその余の所論について

所論のうち、憲法一三条、二五条、三一条、一四条違反をいう点の実質は、薬事法の解釈を争い、又は、公訴権の濫用による起訴の無効をいう単なる法令違反の主張にすぎず、その余は事実誤認、量刑不当、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

同被告人の上告趣意のうち憲法二一条違反をいう点及び弁護人村下武司の上告趣意について

各所論のうち、憲法三一条、二一条一項、二二条一項違反をいう点は、現行薬事法の立法趣旨が、医薬品の使用によつてもたらされる国民の健康への積極・消極の種々の弊害を未然に防止しようとする点にあることなどに照らすと、同法二条一項二号にいう医薬品とは、その物の成分、形状、名称、その物に表示された使用目的・効能効果・用法用量、販売方法、その際の演述・宣伝などを総合して、その物が通常人の理解において「人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている」と認められる物をいい、これが客観的に薬理作用を有するものであるか否かを問わないと解するのが相当であり(最高裁昭和四六年(あ)第一四七号同年一二月一七日第二小法廷決定・刑集二五巻九号一〇六六頁、昭和五四年(あ)第六五四号同年一二月一七日第二小法廷決定・刑集三三巻七号九三九頁各参照)、このように解しても憲法の前記各法条に違反するものでないことは、当裁判所大法廷判例(昭和三八年(あ)第三一七九号同四〇年七月一四日判決・刑集一九巻五号五五四頁、昭和二九年(あ)第二八六一号同三六年二月一五日判決・刑集一五巻二号三四七頁)の趣旨に徴して明らかであるから、所論はいずれも理由がなく、その余は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

所論にかんがみ、職権をもつて判断すると、原判決及びその是認する第一審判決の認定するところによれば、被告人長田が被告会社の業務に関し東京都知事の許可を受けずかつ法定の除外事由なくして販売した本件「つかれず」及び「つかれず粒」は、いずれもクエン酸又はクエン酸ナトリウムを主成分とする白色粉末(八〇グラムずつをビニール袋に入れたもの)又は錠剤(三〇〇粒入りのビニール袋をさらに紙箱に入れたもの)であつて、その名称、形状が一般の医薬品に類似しているうえ、被告人らはこれを、高血圧、糖尿病、低血圧、貧血、リュウマチ等に良く効く旨その効能効果を演述・宣伝して販売したというのであるから、たとえその主成分が、一般に食品として通用しているレモン酢や梅酢のそれと同一であつて、人体に対し有益無害なものであるとしても、これらが通常人の理解において「人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている物」であると認められることは明らかであり、これらを薬事法二条一項二号にいう医薬品にあたるとした原判断は、正当である。

よつて、刑訴法四〇八条により、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官伊藤正己の補足意見、同木戸口久治の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。

私は、本件「つかれず」及び「つかれず粒」(以下、「つかれず等」という。)が薬事法二条一項二号にいう「医薬品」にあたるとする多数意見の結論を支持するものではあるが、木戸口裁判官の反対意見にも傾聴に値する点が少なくないので、以下に、多数意見を補足し、あわせて、私の立場を明らかにすることとしたい。

薬事法による「医薬品」の製造・販売の規制の趣旨及び「医薬品」の概念等に関して反対意見の指摘するところは、私も正当であると考える。人の健康上有益無害と考えられる物質については、その薬効を標榜してこれを販売したからといつて、ただちに「医薬品」にあたると考えるべきではないのであつて、その名称、形状、販売方法等とあいまち、標榜された薬効に対する国民の不当な過信を生ずるおそれのないものは、その無許可の製造・販売を刑罰をもつて禁圧するだけの実質的根拠はなく、右のようなものは、「医薬品」の概念にあたらないものと考えるべきである。私は、「医薬品」の定義に関する多数意見の見解も、もとより右のような実質的考慮を否定するものではないと理解している。

ところで、反対意見も指摘するとおり、被告人長田がその効能効果を演述・宣伝して販売した本件「つかれず等」は、その主成分が一般に食品として通用しているレモン酢や梅酢のそれと同一のクエン酸又はクエン酸ナトリウムであつて、そのことは、製品自体に明記されているばかりでなく、同被告人がその薬効を宣伝するにあたつても、右「つかれず等」自体の効能ではなく、「酢」の人体に対する効用を説くという形を崩していないので、これが「医薬品」にあたると考えることには、問題がないわけではない。「酢」は、古来、代表的な健康食品の一つとされているのであり、その健康上の有益性については、有力な学説による裏付けもあるのであるから、被告人長田が「酢」の効用を一般的に説くこと自体は、何ら問題とする余地がないと考えられるからである。しかしながら、本件における同被告人の行為の中には、単に「酢」の人体に対する効用を一般的に説いたというにとどまらないものがあるというべきである。同被告人が本件「つかれず等」を通信販売するにあたつて買主に同封した宣伝パンフレット(「酢は寿」など)の中には、「酢こそ寿――酢こそ不老長寿の元であり、世界に誇り教えるべき民族の智恵」「疲れは酢で二時間で消える――血液正常化に何よりも酢が大切」「クレブスの理論」など、「酢」の一般的な効用に関する記述のほか、「酢の薬効」として、「医師の多くが投与する……ゴマカシ薬(対症療法の薬)ではなく、酢は体そのものを丈夫にして病気を治そうとする原因療法のクスリです。」とか、「高血圧、糖尿病は酢で治し易い病気である。」「低血圧、貧血、胃下垂を治すのも酢だけです。」「動脈硬化と酢――動脈硬化の薬とて以上の食品の抽出物 リノール酸・メチオニンなどしかありませんし、純品では薬害を生じます。(酢だけは純品の唯一の例外)」などの、「酢」の薬効を強調するのあまり、特定の疾病に関しては、現代医学は全く無力であり、他方「酢」は万能であるという趣旨にとれる記載が含まれている。「酢」の一般的な効用を説くこと自体は自由であるにしても、その効用を極端に強調し、特定の疾病に対し、現代医学は無力であつて「酢」は万能であり、「酢」を飲んでおりさえすればこれらの疾病から必ず解放されるかのような宣伝をして、「酢」を原料とする特定の製品の販売をすることは、やはり行過ぎであるといわざるをえないのであつて、かかる宣伝をして本件「つかれず等」を販売するときは、その名称・形状が一般の「医薬品」とかなりの類似性を有することとあいまち(ちなみに、被告人長田が製品の固形化を図つた点について合理的な理由がないとはいえないことは、反対意見の指摘するとおりであるにしても、その結果として、製品の形状が「食品」としての「酢」本来の姿とは著しく異なる外見を呈し、一般に「くすり」的なものとしてうけとられるおそれがあることは、これを否定することができないであろう。)、標榜された製品の薬効に対し国民の不当な過信を招くおそれがないとはいえないと思われる。

以上の理由により、私は、本件において被告人長田が販売した「つかれず等」については、その薬効を極度に強調した前記のような演述・宣伝を前提とするかぎり、結局、これが薬事法の規制の対象たる「医薬品」の概念にあたることを否定し難いものと考えるものである。

裁判官木戸口久治の反対意見は、次のとおりである。

私は、本件「つかれず」及び「つかれず粒」(以下、「つかれず等」という。)が薬事法二条一項二号にいう「医薬品」にあたるとする多数意見の結論に、賛成することができない。

そもそも、薬事法が、元来国民の自由に任されるべき飲食物等の供給行為のうち、「医薬品」の製造・販売につき厳格な法的規制をしている最大の理由は、「医薬品」は、一般に薬理作用を有しその故に疾病の治療・予防等に効果があると考えられる反面、その使用に伴い副作用や中毒等、人又は動物の健康に対する積極的な危険を生ずるおそれがあるという点にあると考えるべきである。したがつて、同法二条一項二号にいう「医薬品」を、右のような積極的危険を及ぼすおそれのある物質のみに限定しようとする所論の見解に一理あることは、これを否定することができない。しかし、多数意見も指摘するとおり、薬事法による「医薬品」の規制の根拠は、必ずしも右の点だけに限られるものではない。このような積極的な危険を及ぼすおそれはなくとも、客観的に薬効の保障のないものが、これを有するもののごとく薬効を標榜して自由に売買されるときは、その標榜された薬効に対する過度の信頼から、国民をして適切な医療を受ける機会を失わせるおそれがあると考えられるのであつて、薬事法が「医薬品」の使用によるかかる消極的な意味での弊害の防止をも目的としたものであると考えることは、不合理ではない。多数意見が、同法の立法趣旨につきおおむね右と同旨の前提に立脚したうえ、同法二条一項二号にいう「医薬品」にあたるか否かを、その物の成分のいかんや薬理作用の有無のみによつてではなく、その名称、形状、その物に表示された使用目的・効能効果・用法用量、販売方法、その際の演述・宣伝などをも総合して決すべきであるとしているのは、右に述べた意味において、ほぼこれを支持することができる。

しかしながら、薬事法による「医薬品」の規制の趣旨が前記のようなものであるとすると、健康に対し積極的な危険を及ぼすおそれのある物質についてはともかく、健康上有益無害と考えられる物質を「医薬品」と認めるのは、慎重でなければならないであろう。世間一般で何らの疑いもなく「食品」として通用しているものの中には、健康上有益で、疾病の予防・治療にも効果があるとされているもの(いわゆる「健康食品」)が、必ずしも少なくはないのであつて、かかる「食品」についてその有するとされる効能効果を標榜して売買したとしても、これをその本来の姿のままで売買する限り、標榜された効能効果に対する国民の常識的な判断を不当に惑わすことにはならず、薬事法が防遏しようとする「消極的な弊害」を生ずるおそれはない。このような「食品」をその薬効の標榜の故に「医薬品」にあたると解することは、国民の健全な常識にも反するであろう。「食品」に若干の加工を加え、これが本来の姿とは異なる外見を呈するに至つている場合には、これと全く同一に論ずることはできないが、その原料である食品と製品との関係が明示されており、その間に本質的なちがいのあるものでないことが何人にも容易に理解することができ、全体として、標榜された薬効に対する不当な過信を生ずるおそれのないものは、やはり「医薬品」にあたらないと考えるべきである。私は、多数意見の定義にいう「その物の成分、形状、名称、その物に表示された使用目的・効能効果・用法用量、販売方法、その際の演述・宣伝などを総合して、通常人の理解において『人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている』と認められる物」という概念は、当然に右に述べたような趣旨をも含むものと理解するのであるが、もし多数意見が、かかる実質的な考慮を抜きにして、その定義を機械的・形式的に具体的事案に適用すべきであるとの趣旨であれば、とうてい賛同することができない(なお、前記のような私の基本的立場を前提としても、薬効のない物質を原料とし、その形状、名称をことさら「くすり」に似せ、特定の疾病に対する効能効果を強調して売られるいわゆる「偽薬」については、これを「医薬品」にあたると解すべきことはもちろんである。)。

ところで、本件において、被告人長田が被告会社の業務に関し無許可で販売した「つかれず等」の主成分は、一般に食品として通用しているレモン酢や梅酢のそれと同一であるクエン酸又はクエン酸ナトリウムであり、人の健康上有益でこそあれ、これを摂取することにより積極的な危険を生ずるおそれのあるものではない。そして、同被告人は、右「つかれず等」の主成分及びこれがレモン酢や梅酢のそれと同一である旨を製品の袋や紙箱に明記しているばかりでなく、その効能効果を演述・宣伝するにあたつても、これがあくまで「酢」であることを前提として、「酢」の人体に対する効用を強調するに止めているのである。また、多数意見の指摘するその形状の点にしても、近時の食品の中には、白色粉末をビニール袋に包んだものとか、錠剤型にして箱詰めにしたものなどが、必ずしもめずらしくはないのであつて、本件「つかれず等」の形状が一般の「医薬品」にきわめて類似しているとはいえない(なお、液状の酢は、一般に飲みにくくしかも携帯に不便なものであるから、被告人長田が、これを飲み易くまた携帯に便ならしめるため、その固形化を図つたことには、合理的な理由もあるというべきである。)。さらに、本件「つかれず等」の名称については、果たして多数意見のいうように、医薬品的特徴を具有しているといえるのかどうかすら疑問である。以上の諸点のほか、被告人長田が右「つかれず等」を販売するにあたり、医薬品的な用法を指示した事実はなく、その価格も比較的低廉であること(単価は、おおむね一〇〇円から、せいぜい数百円以下である。)など、記録上明らかな諸点に照らすと、右「つかれず等」については、その宣伝方法にやや行過ぎと思われる点がないではないにしても、いまだ、これが、標携された効能効果に対する国民の判断を不当に惑わすおそれのあるものであるとは考えられないのであつて、その無許可の販売を認めても、薬事法が防遏しようとする弊害を(積極的な弊害はもとより消極的な弊害も)生ずるおそれはないというべきである。したがつて、本件「つかれず等」のようなものは、薬事法上の「医薬品」の概念には該当しないと考えるべきであり、せいぜい、食品衛生法上の規制の対象とすれば足りる。

このような意味において、私は、本件「つかれず等」は、薬事法二条一項二号にいう「医薬品」にあたるという見解のもとに被告人長田及び被告会社につき同法二四条一項、八四条五号(なお、被告会社につき同法八九条)の罪の成立を認めた原判決及びその是認する第一審判決には、法令の解釈適用を誤つた違法があると考えるものであり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、原判決及び第一審判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められるから、これを破棄したうえ、被告人長田及び被告会社に対し、いずれも無罪の判決を言い渡すべきものと思料する。

(伊藤正己 横井大三 寺田治郎 木戸口久治)

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